博多湾と福岡市近郊の釣りをメインに、ちょこっと「お役立ち情報」を書いています。

安近短の博多の釣りバカなんでんかんでん舌好釣

GE DIGITAL CAMERA

釣りの豆知識

釣りには「良いボウズ」と「悪いボウズ」がある!

投稿日:

「釣り歴の長さイコールボウズの回数の多さ」ではないかとも思えるほど、私もいまだに年に何度か完膚なきまでのボウズを食らいます。^^;
 

魚が1匹も釣れないことをボウズと呼ぶ方もいれば、狙った魚が1匹も釣れないことをボウズと呼ぶ方もいます。例えば、クロダイを狙いに行ってメバルしか釣れないときなど。
 
後者の方は誇り高き釣り人と呼ぶべきか、プライドが高い釣り師と呼ぶべきかは別として、魚が1匹も釣れないということが釣り用語でいうところのボウズなのです。
 
ですが、同じボウズでも次回に繋がる「良いボウズ」と、全く次回に繋がらない「悪いボウズ」と云うのが私はあると考えています。
 
結果的には魚が1匹も釣れないから同じだろう?と考える方もいるかもしれませんし、所詮ボウズは敗者の戯言とばかり一蹴する方もいるかもしれません。
 
ですが、やはり同じボウズでも「良いボウズ」と「悪いボウズ」があるような気がするんです。
 
スポンサードリンク




 

私が考える「良いボウズ」と「悪いボウズ」の違い

 
若かりし頃、ある釣り場で黒鯛を全く釣ることができない私のすぐ近くで、次から次に文字通り入れ食い状態で黒鯛を釣っては防波堤の釣っている反対側にリリースする釣り人とお会いしたことがあります。
 
以来私はその釣り場に渡船代を払って、その釣り人のタックルや仕掛けやエサや使っているハリスやガン玉・ハリまでも、目に焼き付くぐらい凝視し続けたことがあります。
 
「どうして俺は、あの人みたいに釣れないんだ?」と自問自答する自分が明らかにいました。
 
「腕の差」と言ってしまえばそれまでですが、他人が次々に釣っているのに自分が釣れない腕の下手さを思い知ることは「良いボウズ」だと思うのです。
 
ところが、ベテランさえも何にも釣れないようなTPOに出くわすと、時間のムダとも思えるようなときに出くわします。
 
多くは自然環境なのですが、アタリの「ア」の字もないときがあります。
 

つい先日も、ゴミが次々に流れ込んでは淀んでいる海に竿を出しましたが、アタリの「ア」の字もありませんでした。
 
こういったイレギユラーな自然環境の場ではやはり、手も足も出ないことが多いのです。
 
確かにこういう時には竿を出さずに他の場所に行ったほうが賢明と云うことが記憶に残るかもしれません。
 
また、潮によって本当に何も食わないということもあります。
 
15年ぐらい前ですが、真夜中の1時に集合してそこから2時間近く車を走らせて、瀬渡しである離島にメジナ(クロ)を釣りに行ったんですが、私も仲間もウキがピクリ・・ともせずに納竿となった経験があります。
 
以来、磯釣りも、マキエを使うウキフカセも全くしなくなりました。
 
「金と時間のムダ」以外に何も得るものはなかったですし、一睡もしていなかったので、帰りの車の運転は地獄のような睡魔に襲われただけでした。
 
釣りが大嫌いになりかけました。(笑)
 
こんなのが「悪いボウズ」の典型例だと思うのです。
 
みんな釣り歴うん十年の釣り人があれやこれやしても、何も釣れないようなときがあります。
 
自然の摂理は学べても、何の価値も感じないこともあるのです。
 
スポンサードリンク




 
まとめ
 
そもそも釣りにおいてボウズと呼ばれる理由を列挙すると、

・坊主は殺生しないからボウズという説
・坊主には毛がないから釣り気がないということからボウズという説
・百人一首の坊主めくりで何もかも失うことから来た説

・・などが挙げられます。
 
それはともかく、ためになるボウズ=良いボウズとためにもならないボウズ=悪いボウズがあると思うのです。
 
また、「意図的なボウズ」と云うのもあるのです。
 
黒鯛を釣りに行って、海底付近を探れば、ハゼだったらいくらでも釣れそうなときもあります。
 

しかし、ハゼなんか釣るために釣り場に来たわけではない!と思う方はボウズを逃れるためにハゼを釣るでしょうか?
 
私は嫌です。
 
ハゼを釣るのが目的で釣場にいるときは構いませんが、クロダイ狙いがハゼ釣りに変更したというのは、ある意味自然の成り行きに身を任せただけ!とも思うのです。
 
それが楽しければ、私ごときが口を挟む余地はありません。
 
しかしながら、クロダイが釣れないから多々単に意味もなくハゼを釣りまくったところでどうなんだ?とも思うのです。
 
そこまでして、ボウズを免れたいの?とも思うのです。
 
釣り歴が長いがために、意識して「何でも釣れれば良い!」と考えるのが得策とも思えないときがあります。
 
本来狙ってない魚を釣ったとて、自分はごまかせないのです。
 
潔くボウズを認めて、とっとと帰宅したほうが良いと思うこともあるのです。
 
確かに時期時期において釣れる魚を確実に釣るということが「理に適った鉄板の釣り」であることは言うまでもありませんが、南蛮漬けを食べたい!などと云う目的があれば話は別ですが、どうにも多くの釣り人と一緒にアジゴのサビキ釣りをしたりするのがイヤになるはずです。
 
自分の腕や知識の足りなさをしみじみと感じるのは「良いボウズ」ですが、人によって個人差はあれ時間と金のムダで釣りがイヤになるようなのは「悪いボウズ」だと言えませんか?
スポンサードリンク






-釣りの豆知識
-

Copyright© 安近短の博多の釣りバカなんでんかんでん舌好釣 , 2018 All Rights Reserved Powered by STINGER.